{"product_id":"ayl18j32","title":"紀元前54年以降 スキタイ・トラキア コソン 1スターテル金貨 8.37g","description":"\u003ch3\u003eローマを映す辺境の黄金 ― スキタイ文化圏の謎多きスターテル金貨\u003c\/h3\u003e\n\u003cp\u003e紀元前54年以降に、スキタイ文化圏のスキタイ（黒海北方地方地域）およびトラキア（現在のブルガリア）で発行されたスターテル金貨は、当時のヨーロッパ大陸の状況をイメージできる貴重な金貨です。「スキタイ文化圏」とは、スキタイ人を中心とする遊牧民文化が広く浸透した、黒海北方から中央アジアにかけての広大な地理的・文化的エリアを指します。\u003cbr\u003eローマ史の英雄ユリウス・カエサル（英語名はジュリアス・シーザー）が活躍していた時期に、ローマの国外で発行されました。ローマ国外で発行されたにもかかわらず、スターテル金貨は非常にローマ的です。表面には、2人の護衛を従える執政官が描かれています。ローマは紀元前27年に帝政に移行しますが、当時はまだ共和政で、執政官は国のトップでした。護衛の1人は、権力の象徴であったファスケスを手にしています。ファスケスとは、木の束と斧の柄を縛り付けたもので、古代ローマの護衛リクトルが持っていたものです。\u003cbr\u003e裏面には、古代ローマのシンボルのひとつ鷲がデザインされています。花輪を持つ鷲は、ローマ本国で発行されていたデナリウス銀貨の影響が強く感じられます。なぜローマの国外で、これほどローマ的な金貨が発行されたのか。現在も謎に包まれています。トラキアやスキタイの有力者が、強国ローマとの結びつきを誇示するために発行したという説が有力ですが、コインに刻まれた「コソン」という名の王の実態もよくわかっていません。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eまた一説によれば、中央に立つのは執政官ではなく、ローマの政治家ブルータスともいわれています。「コソン」はトラキア系民族の王であり、ユリウス・カエサルを暗殺したブルータスが国外の王の後援を受けていた証、という説です。ユリウス・カエサルは紀元前44年にブルータスとその仲間によって暗殺されているため この金貨にまつわる伝説が本当ならば、カエサル暗殺の裏にローマ国外の有力者がいたという可能性も否定できません。一方、ブルータスは財務官や法務官を歴任しているものの執政官の経験はないため、この説は矛盾しているとする人もいます。いずれにしても、歴史好きを大いに刺激する伝説を伝える1枚といえるでしょう。\u003cbr\u003eスターテル金貨が発行されたとされるトラキアやスキタイは、騎兵が強い地域として有名でした。ギリシャのアレクサンダー大王の父フィリッポス2世がトラキアを征服したことで、アレクサンダー大王は、騎兵団を育成することで、ギリシャを統一しペルシャ制圧を成し遂げたとさえいわれています。紀元前54年頃のローマは、すでに内戦の萌芽を孕んでいました。ユリウス・カエサルと、彼のライバルだったポンペイウス、大富豪のクラッススによる三頭政治が行われていた時期です。権力のバランスが不安定だったこの時期、トラキアやスキタイの軍事力は大きな意味を持っていました。ローマ本国の貨幣技術を伝えることで、この地の有力者を懐柔しようとしたという想像もできます。\u003c\/p\u003e\n\u003ch3\u003eコソン王スターテル金貨と金の産地\u003c\/h3\u003e\n\u003cp\u003e紀元前54年以降に、トラキアあるいはスキタイで発行されたコソン王のスターテル金貨は、高い純度を誇ります。これは、トラキアもスキタイも伝統的に金の産出国であることが影響しています。\u003c\/p\u003e\n\u003ch3\u003eローマ共和政を映した表面意匠\u003c\/h3\u003e\n\u003cp\u003e表面の3人の人物は、ローマの執政官と、リクトルと呼ばれる護衛です。紀元前27年に帝国となるまで、ローマは共和制でした。常時2人の執政官が存在し、任期は1年でした。貴族だけではなく平民もなることができた地位で、ローマのカレンダーでは「誰と誰が執政官であった年」と呼ぶほど重要な社会的役割を果たしていました。 その3人の人物の下には、「ΚΟΣΩΝ（コソン）」と刻まれています。コソンについて詳しいことは何もわかっていませんが、歴史学者によれば、ローマ帝国時代の歴史家スエトニウスが残した「コティソン」と同一人物の可能性があります。トラキアはギリシャのマケドニア王国と隣接しており、マケドニア王フィリッポス2世の支配下に置かれて以降、ギリシャ語が普及しました。\u003c\/p\u003e\n\u003ch3\u003e裏面の鷲とローマ文化の影響\u003c\/h3\u003e\n\u003cp\u003e裏面の鷲は古代ローマのシンボル。シンボルとしての鷲は、後世のヨーロッパに大きな影響を与えました。歴史上、まれに見る領土の広さを誇った古代ローマの後継者を名乗る中世の王侯貴族が、こぞって鷲のデザインを紋章に取り入れています。 コソン王のスターテル金貨の鷲は、ローマ本国で発行されていたデナリウス銀貨のデザインを模倣したと伝えられています。点線で囲まれているところもデナリウス銀貨とそっくりで、ローマ文化の強い影響が感じられます。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eトラキアやスキタイの名前を知る人は少ないかもしれませんが、古代世界では非常に重要な役割を果たした国々です。 理由は、どちらの国も馬の飼育が可能な草原を有し、強力な騎兵を擁していたためです。古代の戦争では重装歩兵が主役でしたが、灌漑技術が未熟だった当時、馬の放牧や飼育は容易ではなく、古代ギリシャでは騎兵は非常に限られた存在だったといわれています。\u003cbr\u003eマケドニアのフィリッポス2世がトラキアを征服したことで本格的な騎馬兵団が組織され、息子のアレクサンダー大王はこの騎兵を主力として全ギリシャを統一し、さらにペルシャを征服してインダス川流域にまで進出しました。トラキアやスキタイは決して歴史の脇役ではなく、英雄たちが歴史を動かすために欠かせない存在だったのです。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e紀元前54年前後の共和政ローマは、すでにギリシャを支配下に置いていました。ギリシャ文化圏に属するトラキアやスキタイを味方につけることは、常にパルティア王国（現在のイラン北東部に存在した強国）と対峙していたローマにとって、きわめて重要な戦略的意味を持っていました。\u003cbr\u003eヨーロッパ各地では現在も古代の遺跡や遺物の発掘が続いています。コソン王のスターテル金貨も、今後の発掘や研究の進展によって、新たな史実が明らかになる可能性を秘めています。\u003cbr\u003eぜひこの1枚から、古代のミステリーとロマンを感じてみてください。\u003c\/p\u003e","brand":"PRIME MINT","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":44534496297029,"sku":null,"price":1500000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0650\/2606\/4453\/files\/ayl18j32-1.jpg?v=1768189182","url":"https:\/\/primemint.jp\/products\/ayl18j32","provider":"PRIME MINT","version":"1.0","type":"link"}