ファスケスは古代から続く権力の象徴!欧米で好まれる理由は?

ファスケスは古代から続く権力の象徴!欧米で好まれる理由は?

 

スタッフのひとことナビ
Mina Yoshii(コイン歴2年)

コインを眺めていると、意味がわからないまま、なんとなく印象に残るモチーフに出会うことがあります。
ファスケスも、そのひとつかもしれませんね。
束ねられた棒と斧という、不思議なかたちの奥には、古代から続く「秩序」や「権力」に対する考え方が隠れているようです。
少し距離を置いて、その背景をのぞいてみるつもりで、読み進めてみてください。

 

 

コインの世界に足を踏み入れると、見たこともないデザインに遭遇することがよくあります。日本人にはなじみのないシンボルのひとつ、それが「ファスケス」です。
束ねた棒のようなデザインを見ても何を意味するのかピンとこないうえ、「ファスケス」という名称も耳にしたことがない方が多いのではないでしょうか。
欧米では国章としてデザインされることも多く、お馴染みのデザインとなっているファスケス。
起源や意味について、わかりやすく解説します。

 

アメリカのマーキュリーダイムにデザインされたファスケス(画像出典:Wikimedia Commons

 

古代ローマ生まれのファスケスとは

ファスケスとはいったいなにを指すのでしょうか。
起源とともに、ファスケスの意味を解説します。

 

共和政ローマ時代の役職、リクトルの服装(画像出典:Wikimedia Commons

 

 

ファスケスとは?

ファスケスとは、日本語では「束桿斧(そくかんふ)」と訳されるアイテム。斧の柄の部分に、数本の木の束を縛り付けてあるのが特徴です。パッと見ただけではいったい何に使うものなのか、イメージできません。
「権力の象徴」であったファスケス、本来は武器でした。リクトルと呼ばれた護送兵が手にしていたもので、囚人の生殺与奪の権利を持っていたことを示しています。しかしあくまで「権利を示すもの」であり、実際的な武器ではありませんでした。

古代ローマが共和政から帝政へと移行していくなかで、ファスケスは最高権力のシンボルとして定着していきます。古代ローマ帝国が亡びた後も、ファスケスはヨーロッパ各国やアメリカで紋章やコインにデザインされました。

 

 

なぜファスケスは現代まで残ったのか?

古代ローマ時代の文化的遺産ともいえるファスケス。なぜ現代までその概念が残っているのでしょうか。その理由は、古代ローマの国家としての在り方に見出すことができます。

古代ローマは、宗教も民族も異なる人々の集合体でした。現在のイギリスからアフリカ大陸の一部という広大な地域を支配下に置いていた古代ローマの根幹を成していたのは、「ローマ法」と呼ばれる法律です。彼らは、たとえ信じる宗教や民族が異なっても法律を適用することで、広大な帝国を秩序をもって統治しようとしたのです。その結果「パクス・ロマーナ(ローマの平和)」と呼ばれる時代が生まれました。

しかし、古代ローマ帝国が392年にキリスト教を国教としたことで、状況は一変します。それまで多様な信仰に寛容だったローマの伝統は失われ、異教徒を迫害する政策が取られるようになりました。ローマが長年培ってきた多文化を尊重する統治理念は、こうして失われていきました。
広大な国を法律によって収めたローマの姿はルネサンス時代以降、ヨーロッパの理想となります。
古代ローマ帝国の権力の象徴であったファスケスも、近代においてさまざまなシーンで用いられるようになったのです。

 

 

ファスケスの起源はエトルリアから

一般的に古代ローマのシンボルとして知られるファスケスですが、その起源はさらに古く、ローマ建国以前のエトルリア時代にさかのぼるとされています。前述したように、古代ローマは多民族国家でした。国家の草創期、ローマ人たちは自分たちより優れた周辺の民族の文化や慣習を取り入れることで、強国への道を歩みました。

イタリアの中部や南部にさまざまな痕跡を残すエトルリア文化は、現在も文字が解読されておらず、謎が多い文明です。しかし非常に技術力に優れていたことがわかっており、のちにローマの代名詞となるインフラ設備の技術の多くは、エトルリアからもたらされたと主張する学者もいます。
ファスケスと思しき遺物がエトルリアの遺跡から発見されたこともあり、その起源は古代ローマよりさらに古い、エトルリア時代にさかのぼるとされています。

 

 

古代ローマの儀式に登場するファスケス

権力の象徴であったファスケス、具体的に古代ローマ時代にはどのように使用されていたのでしょうか。
いくつかの文献から、当時のファスケスの使い方を紹介します。

 

古代ローマ、皇帝及び貴族の絵(画像出典:Adobe Stock

 

 

権力を持つ人のパワーの度合いを表すファスケス

ファスケスは、公的権力の象徴です。国家から権力を与えられた人は、リクトルと呼ばれる護衛兵を従えて公の場に登場しますが、その場合もリクトルがファスケスを持っていました。当時の記録によると、原則として2人選ばれた共和政時代の執政官には、12人のリクトルがついていました。リクトル1人1人がファスケスを持っていたため、1人の執政官の権力は、12個のファスケスによって表現されていたことがわかります。

国家の緊急時に選ばれる独裁官にはリクトルが24人、つまりファスケスは24個です。
また帝政時代の皇帝はリクトル12人とファスケス12個がシンボルでしたが、1世紀後半のドミティアヌス帝の時代から24人になりました。

以下、役職とファスケスの数です。
独裁官が任命されたときに補佐役となる騎兵長官は6個。
任期を終えた前執政官(戦争時などに現役の執政官をアシストすることが多かった)は11個。
執政官になる者は必ず経験する必要があった法務官は6個。
ローマのインフラの責任者であった按察官は2個。
公的な役職にある人たちのお金の出入りに目を光らせる会計検査官は1個。
といった具合に、ファスケスの数でその人の役職や権力の大きさがわかるようになっていました。

 

 

聖域では斧がないファスケスを携行

古代ローマ時代、首都ローマにはポモエリウムと呼ばれる聖域がありました。宗教的な意味のある場所であり、ローマの最高権力者といえども武器を持ちこむことは禁止されていたのです。
ファスケスの斧も聖域内では外されるのが常でしたが、ローマ市民の権利を尊重するというジェスチャーであったともいわれています。

 

 

儀式にも登場したファスケス

権力者たちのパワーの大きさがビジュアルでわかるファスケス、当時は儀式にもよく登場しました。戦勝記念として行われる執政官や皇帝の凱旋式には、戦場で活躍した兵士がファスケスを持って行進したという記録があります。
また葬儀においても、町から故人へ敬意を表すためにファスケスが贈られることがあったようです。

 

 

近代におけるファスケス

古代ローマ時代に権力の象徴となったファスケス。近代になっても、さまざまな国や地域、組織の紋章に使われています。
いくつかの例を挙げながら、ファスケスが愛される理由を解説します。

 

リンカーン記念堂のリンカーンが手を置いているのはファスケス(画像出典:Adobe Stock

 

 

近代ヨーロッパで再注目されたファスケス

民主主義や議会制度の登場によって、ファスケスは再び注目されることになりました。
フランスでは革命時、解放の象徴であるフリジア帽とともにファスケスが登場。絶対王政に変わる共和政のシンボルとしての役目を果たしました。フランスの国章には今も、ファスケスがデザインされていますので、ぜひ注目してください。

またイタリアでは、ファスケスのイタリア語「ファッショ」にちなんだ「ファシズム」が生まれました。ムッソリーニの時代に建てられた建造物には、数多くのファスケスが刻まれています。
エクアドールやカメルーンの国章にもファスケスがあるほか、スペインの治安警備隊や、アメリカの国家警備隊総局のエンブレムにも見ることができます。
アメリカの上院、スイスのサンクト・ガレン市をはじめ、さまざまな紋章にファスケスが存在。欧米に行ったら、ぜひ探してみてください。

 

 

ファスケスがデザインされたコインも多数!

古代から愛されてきたファスケスは、コインにもデザインされることが多い意匠。
最も有名なのは、20世紀にアメリカで発行されたマーキュリーダイムです。
また幸運を呼ぶといわれるフランスのラッキーエンジェル・100フラン金貨にも、天使の脇に小さなファスケスの姿が。

関連:1882年-A フランス ラッキーエンジェル パリ造幣所 100フラン金貨 Gad-1137 F-552 MS65

ぜひアンティークコインにファスケスを見つけて、古代から続く伝統に触れてみるのも楽しいことでしょう。

 

 

スタッフのひとことコメント
S.Mori(コイン歴3年)

読み終えてみると、ファスケスが単なる装飾ではなく、時代ごとの理想や価値観を映してきた存在だったことが感じられますね。
権力の象徴でありながら、法や秩序と結びついてきたその意味を知ると、コインに刻まれた意匠の重みも変わって見えてきます。
次にファスケスを見つけたときは、どんな時代の、どんな思いが託されていたのか、少し想像してみるのも良さそうです。
一枚の中に、思いがけない歴史の連なりが感じられるかもしれません。

 

一覧に戻る