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コインの歴史・雑学・裏話など、読み物として楽しめるライトなコラムです。
専門的すぎず、初心者でも読みやすい内容を中心にお届けします。

古代ギリシャの繁栄を支えたテトラドラクマ銀貨

古代ギリシャの繁栄を支えたテトラドラクマ銀貨

テトラドラクマ(4ドラクマ銀貨)は、古代ギリシャで最も広く使われた高額銀貨です。紀元前5世紀のアテネを中心に、地中海世界の各地に流通した国際通貨でした。
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王様も文学者もコインが大好き!歴史に残るコインのコレクターたち

王様も文学者もコインが大好き!歴史に残るコインのコレクターたち

  スタッフのひとことナビ A.Harada(コイン歴3年) 今回は、コインがどんな人たちに、どんな形で受け継がれてきたのかをたどるコラムなんですね。これまで、コインは美しさや歴史的な価値に惹かれて集めたり、シリーズとして揃えたりしてきましたが、歴史上の人物たちも同じようにコインに惹かれていたと知ると、思っていた以上に興味を引かれました。では、コインと人の歴史を、順に見ていきましょう。     コインの収集は、歴史や美術を知ることができる趣味。さまざまな時代背景にまで思いをはせることができるところが魅力です。コインコレクターには、歴史に名を残す有名人も大勢いました。「コインを収集する」という概念がいつ生まれたのかも含めて、歴史に残るコインコレクターたちをご紹介します。 「コイン収集」が生まれたのはルネサンス時代 古代の皇帝や君主は、各地で発行されたコインを、戦利品という意味でコレクションしていました。コインコレクションが「王の趣味」「趣味の王」と呼ばれる理由は、古代のこうした風習にもあると考えられます。それに対して、「過去のコインを収集する」という趣味が生まれたのは、ルネサンス時代のことです。なぜルネサンス時代だったのかも含めて、コイン収集の歴史を簡単に解説します。   クエンティン・マサイスが描いた『両替商とその妻』。16世紀のコインを見ることができます。1514年制作、ルーヴル美術館所蔵(画像出典:Wikimedia Commons)。     「古代の文明を見直そう!」という風潮によって誕生 「ルネサンス」とは「再生」を意味します。なにが「再生」したのかといえば、ヨーロッパの中世にタブー視されてきた古代文明の価値。キリスト教の力が強かった中世の時代、多神教の古代の遺産は軽視されるだけではなく、それに触れたり語ったりすることを禁止されることもありました。しかし14世紀ごろ、古代文化のすばらしさに目を向ける動向がヨーロッパ各地に広がりました。ギリシャやローマの古典研究から普遍的な教養を身につけることは、人文主義と呼ばれるようになります。それまで忘れられてきた書物や美術品に加え、古代のコインも注目を集めることになったのです。 コイン収集はエリートたちの趣味へ コインには、当時の権力者の肖像やシンボルがデザインされていることが大半。文献に欠けている肖像画も、コインを見ることでイメージが明確になります。ルネサンス時代に生まれたコイン収集の趣味は、それを入手できる財力があり、歴史や美術を理解できるエリート層の間に急速に広がっていきます。 コインコレクターのことを「ヌミスマティスト(numismatist)」とも呼びますが、ラテン語の「nomisma(貨幣)」という言葉に由来します。古代ギリシャやローマをはじめとする文化圏では、数多くのコインが発行されてきました。 文学者も大富豪もコインコレクター! コイン収集という概念が生まれたルネサンス時代。コレクターの先駆けとなった人たちをご紹介します。   1480年ごろにハンス・メムリンクが描いた『ローマのコインを持つ男性』。手にしているのは皇帝ネロの時代のセステルティウス銅貨。人文主義への関心を示すシンボルとして描かれました。アントワープ王立美術館所蔵(画像出典:Wikimedia Commons)。 ❖ペトラルカ(1304~1374) パドヴァのリヴィアーノ宮殿に描かれたペトラルカ。彼は古代文化に傾倒し、膨大な量の書籍を収集、コインコレクターとしても有名です(画像出典:Wikimedia Commons)。 ダンテ、ボッカッチョと並び、イタリア文学の父と呼ばれているペトラルカ。彼は自ら文学作品を生むだけではなく、古代ギリシャやローマの写本の収集家であり、歴史的なビブリオフィリア(愛書家)として名を残しました。 コインの収集も、ペトラルカにとっては古代文化を知るための一手段。金や銀の物理的な価値ではなく、コインに残された文化的な価値を重視しました。 ❖ロレンツォ・デ・メディチ(1449~1492) 17世紀の中ごろに描かれたロレンツォ・デ・メディチと文化サークルのメンバーたち。フィレンツェの大富豪として有名なロレンツォ・デ・メディチは、文化のパトロンとしても有名でした。オッタヴィオ・ヴァンニーニ作、ピッティ宮殿所蔵(画像出典:Wikimedia Commons)。 ルネサンスの都フィレンツェの大富豪といえばメディチ家。メディチ家の最盛期を築いたのが、「偉大な人(il Magnifico)」という敬称つきで呼ばれるロレンツォです。 彼は古代に関連する書物だけではなく、カメオや宝石、コインを収集し、後世のコレクターたちの模範となったことでも有名。「ロレンツォ」のラテン語名「Laurentinus」の名を遺品に刻んで、古代の遺品を実際に使っていたという豪快なエピソードを残します。 ロレンツォは古代コインの歴史的価値を認め、カタログ化していたことでも知られています。コレクターとしての在り方を後世の人たちに示した知識人でした。 コインコレクターとして有名な王と女王 ルネサンス時代から始まったコインの収集。やがてそれは、王侯貴族たちに愛される趣味となりました。彼らのコレクションは現在、各地の美術館や博物館で見ることができます。コインコレクターとして有名な王や女王についてご紹介します。       ❖神聖ローマ皇帝カール5世(1500~1558) 1548年にティツィアーノによって描かれた神聖ローマ皇帝カール5世の肖像。ミュンヘンのアルテ・ピナコテーク所蔵(画像出典:Wikimedia Commons)。 結婚政策によって領土を広げ、植民地政策によってグローバルな帝国の君主となったカール5世(スペイン王としてはカルロス1世)。「日が沈むことがない帝国」と呼ばれた広大な領地を統治していた彼は、自らの正統性を裏付けるために古代のコインを収集していたといわれています。皇帝のコレクションの一部は、マドリッド国立考古学博物館などに伝わっています。     ❖フランス王ルイ14世(1638~1715) 古代の神ユピテルに扮した10代のルイ14世。チャールズ・ポーソン作。古典的なスタイルは王政の正統性を表していました。ヴェルサイユ宮殿所蔵(画像出典:Wikimedia Commons)。 太陽王として有名なルイ14世も、歴代のフランス王の例にもれず、古代のコインをコレクションしていたといわれています。ルイ14世が生まれたころのフランスは、古代の文化への心酔が著しい古典主義の時代。重厚なスタイルは王侯貴族の間でも流行し、ルイ14世もクラシカルな衣装の肖像画を数多く残しました。絶対王政を布いたルイ14世は、広大な帝国を統治した古代ローマ帝国の皇帝に自らの姿を重ねていたといわれています。古代世界への憧れが、コインの収集につながったのかもしれません。ルイ14世をはじめとする歴代のフランス王が収集したコインの多くは、現在、フランスの国立図書館に所蔵されています。     ❖スウェーデン女王クリスティーナ(1626~1689) 学芸を愛し、哲学者デカルトなどとの交流も深かったスウェーデンのクリスティーナ女王。古代の遺物のコレクターとして有名で、コレクションの多くはバチカン美術館に残されました(画像出典:Wikimedia Commons)。 6歳でスウェーデン女王となったクリスティーナは、7か国語を操る才女でした。統治者として政治に興味が持てず、婚約者であった従兄との結婚を辞し、1654年に退位。その後の人生の大半をローマで送り、古代の研究や遺物の収集を趣味としていました。ローマに移住後は各地に代理人を送り、掘り出し物を探していたと伝えられています。コインは単なる財産としてではなく、研究対象として学者たちに公開していたという記録が残っています。 独身のままローマで没したクリスティーナ女王のコインコレクションの大半は、現在はバチカン美術館で見ることができます。 ❖イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世(1869~1947) 近代におけるもっとも有名なコインコレクター、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の5リラ銀貨(画像出典:Wikimedia Commons)。 近代の王の中でコインコレクターとして有名なのは、イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世。幼いころからコインに興味を持ち、生涯を通じてコレクターとして有名でした。古代ギリシャやローマに加えて、ビザンツ帝国や中世のコインが10万点以上もあったといわれています。研究を重ねた王は『Corpus Nummorum Italicorum(イタリア貨幣総覧)』という本まで著したほどでした。彼の膨大なコインコレクションは、王政が廃止されたあと、イタリアに寄贈されました。そのすべてを見ることはできませんが、ローマにある国立博物館で一部が鑑賞可能です。 知識層を魅了し続けたコイン、小さな1枚に潜むさまざまな歴史を楽しもう! コインが財産としてだけではなく、教養ある人々の興味の対象となり、コレクションされるようになったのはルネサンス時代のこと。 以後、コインは多くの文学者や王侯貴族たちに愛され、収集されてきました。その魅力は、今も変わることなく続いています。 ぜひ1枚1枚に潜むさまざまな歴史を感じてみてください。       スタッフのひとことコメント A.Harada(コイン歴3年) 新たな発見も多く、楽しく読み進められる内容でした。これまではコインの美しさや歴史に目が向きがちでしたが、歴史上のコレクターたちの存在を知って、また違った面白さも感じられそうです。次にコインを見るときは、誰が手にしていたのだろう、と気軽に想像しながら眺めてみるのも楽しそうですね。いつもとは少し違った面白さが、ふと見えてくるかもしれません。  
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コインというメディアに刻まれた美しきヴィクトリア女王、高評価の理由は?

コインというメディアに刻まれた美しきヴィクトリア女王、高評価の理由は?

  スタッフのひとことナビ Mina Yoshii(コイン歴2年) 今回は、コイン蒐集をする人ならおなじみのヴィクトリア女王について、あらためて目を向けてみるコラムなんですね。ヴィクトリア女王のコインは人気ですが、女王その人を知ると、その人気にも自然と頷けます。コインに描かれた人物を知っていくと、いつものコインが少し違って見えてきますよね。そんな視点で、読み進めてみてください。     63年に渡るヴィクトリア女王の時代には、さまざまなコインが発行されました。「世界一美しいコイン」といわれる「ウナとライオン」金貨は、ヴィクトリア女王の時代に発行されたものです。 ウナとライオンの金貨以外にも、ヴィクトリア女王の横顔がデザインされたコインが多数あります。各国の君主が描かれたコインの中でも、ヴィクトリア女王の美しさが突出している理由はなんでしょうか。 ヴィクトリア女王をより深く知るためのエピソードとともに、楽しく解説します。   大英帝国の女王として君臨したヴィクトリア女王(画像出典:Wikimedia Commons)。     ❖コインは君主の威信を示すプロパガンダだった?小さなメディアに込められた理想の美 ヴィクトリア女王のコインの中でも、ヤングヘッドと呼ばれる初期のタイプは、とくに高い人気を誇ります。なぜ、若きヴィクトリア女王がデザインされたコインは高評価なのか、その理由を解説します。   女王になることを告げられる10代のヴィクトリア(画像出典:Wikimedia Commons)。     希代のデザイナー、ウィリアム・ワイオンの存在! ヴィクトリア女王のヤングヘッドが不動の人気を誇る第一の理由、それはウィリアム・ワイオンがデザインしたためです。 ウィリアム・ワイオンは伝説的な「ウナとライオン」のデザイナー。1795年生まれのワイオンは、14歳で父ピーター・ワイオンの弟子となり、彫刻家への道を歩みだします。25歳で王立造幣局の彫刻師補佐となり、33歳でチーフデザイナーとなるなど、早熟の才を示しました。 コインの世界では伝説となっている鬼才、ウィリアム・ワイオンによって若きヴィクトリア女王の輝きが数々のコインに描かれたのです。 新古典主義様式による理想美! ヴィクトリア女王の時代は、ヨーロッパに新古典主義(ネオクラシック様式)が花開いた時代。古代ギリシアやローマの美術を規範として、秩序やバランスを重視した作風が、新古典主義の特徴です。 ウィリアム・ワイオンは、まさに新古典主義の波に乗ってヴィクトリア女王を描きました。若々しさ、凛々しさ、純潔、君主としての威風、それらがすべて、小さな1枚のコインに込められています。 完璧なプロポーションとシンプルにまとめられた髪型によって、理想的な若い女王像が生まれたのです。 肖像芸術としての価値の高さ! 私たちにとってコインは通貨ですが、当時は肖像芸術のひとつでした。コインの発行は、君主にとって王権を誇示するためのプロパガンダであり、メディアとして活用していたのです。ワイオンによって理想化されたヴィクトリア女王のコインは、その役割を立派に果たせる高い芸術性を持っていました。 19世紀後半になると写真が普及し、君主の本当の姿が多くの人の目に触れるようになります。ヴィクトリア女王の若かった時代、それが肖像芸術としてのコインの最後の輝きでした。     ❖コインからはわからない?ヴィクトリア女王のエピソードを紹介   晩年のヴィクトリア女王(画像出典:Wikimedia Commons)。     七つの海を制した大英帝国の女王ヴィクトリア。コインに描かれた美しい女王からは想像もできないさまざまなエピソードがあるのをご存じでしょうか。ヴィクトリア女王を知れば、彼女に関連するコインを見る目も変わるはず。ヴィクトリア女王にまつわる楽しい逸話をご紹介します。   ヴィクトリアは待ち望まれた跡継ぎだった ヴィクトリア女王の父親は、王ではありませんでした。彼女の誕生と即位には、当時の王室の複雑な事情があります。 ヴィクトリアの祖父ジョージ3世は、15人もの子どもがいました。しかし不肖の子が多く、多くの王子や王女がスキャンダルまみれに。王妃と不仲だったり、庶子しかできなかったりと、跡継ぎ問題が浮上します。ジョージ3世は王室の将来を憂えて、精神を病んでしまったほどでした。 ヴィクトリアはジョージ3世の4男の娘です。政略結婚によってようやく生まれた跡継ぎでした。ジョージ4世、ウィリアム4世という2人の叔父に嫡子がなかったため、そのあとを継いで女王になったのです。     ヴィクトリア女王は熱愛型の女性だった? ヴィクトリア女王は20歳の時、同じ年のアルバートと結婚。夫婦仲はとてもよく、9人の子どもが生まれました。夫のアルバートが42歳の若さで亡くなったときのヴィクトリア女王の嘆きは深く、生涯喪服を手放さなかったほどでした。 そんなヴィクトリア、結婚前は美男子で有名なメルバーン伯爵に熱烈な恋心を抱いていたのでは?といわれています。即位当時のヴィクトリアの日記には、毎日のようにメルバーンを思う気持ちが吐露されていたと伝えられています。 また寡婦となってからのヴィクトリア女王にも、スキャンダルがあります。従者のジョン・ブラウンと噂に上るほど距離を縮めていた時期があり、ヴィクトリア女王は「ブラウン夫人」と揶揄されました。この関係は有名で、1997年の『クイーン・ヴィクトリア -至上の恋- 』という映画にもなっています。 喪服を着たヴィクトリア女王とジョン・ブラウン(画像出典:Wikimedia Commons)。     ヴィクトリア女王はドイツ人だった! 地続きのヨーロッパでは珍しくありませんが、イギリスの女王ヴィクトリアはほぼドイツ人。そもそも彼女の家系ハノーヴァー王朝は、スチュアート王朝が絶えた後、わずかな縁がきっかけでドイツの選帝侯から王に迎えられたジョージ1世から始まります。 ヴィクトリアの母はザクセン=コーブルク=ザールフェルト公国の公女、夫のアルバートもザクセン=コーブルク=ゴータ公国の公子。いずれも、現在のドイツの一部となっている地域出身です。ヴィクトリアとその家族の血統は、ほぼドイツ人といって過言ではないのです。     ヴィクトリア女王はウェディングドレスの創始者? ウェディングドレスといえばホワイトが定番。実はこの習慣の祖となったのが、ヴィクトリア女王といわれています。それまでの結婚式では、金色や赤などの華やかなドレスを着るのが通常でした。ヴィクトリア女王がホワイトのサテンドレスを着たことが知られるようになり、現在の定番となったのだとか。 華やかな衣装に身を包んだ貴婦人が多い宮廷で、ヴィクトリア女王の真っ白な衣装はさぞかし印象的だったことでしょう。     「ヨーロッパの祖母」と呼ばれるほど華麗な縁戚関係! ヴィクトリアは9人の子どもを持ちました。彼らが次々と欧州の王侯貴族と結婚したため、孫たちの多くが有名な君主や妃になりました。 ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世、イギリス王ジョージ5世、ロシア最後の皇后アレクサンドラなどはその例。またひ孫にはギリシア王もいます。 ヴィクトリアの祖父ジョージ3世は跡継ぎで悩みましたが、ヴィクトリア自身はその血脈をヨーロッパ全土に広げたことになります。     息子との仲はイマイチ?理想的な女王の母親としての姿は? ワイオンによって理想的な女性に描かれたヴィクトリア女王。実生活では悩みもありました。 それが、長男エドワードとの不仲です。ヴィクトリアは夫のアルバートを理想とするあまり、享楽的なエドワードとは相性が悪かったようです。夫の死の原因も、エドワードの奔放な女性関係にあると信じていたと伝えられています。 ヴィクトリア女王は81歳という長生きをしたため、エドワードは59歳まで皇太子でした。還暦を前にエドワード7世として即位した彼は、外交手腕に優れて、ヨーロッパの平和に寄与しています。     ❖理想的に描かれたヴィクトリア女王の実生活を知るのも楽しい! 繁栄を極めた大英帝国の君主として、コインに美しい姿を残したヴィクトリア女王。 実際の女王には生身の人間としての悩みがあり、数々のエピソードも残されています。コインからは読み取れない女王の魅力を知って、さらに女王のコインを愛してください!     スタッフのひとことコメント Mina Yoshii(コイン歴2年) 新たな発見も多く、楽しく読み進められる内容でした。これまではコインの美しさや歴史に目が向きがちでしたが、その裏にある人物像や時代の背景を知ることで、また違った面白さを感じられそうです。次にヴィクトリア女王のコインを見るときは、どんな思いでこの姿が刻まれたのか、少し想像しながら眺めてみるのも良さそうですね。いつもとは少し違った魅力が、ふと見えてくるかもしれません。  
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