イギリスのコイン:チャールズ3世の肖像はなぜ左向き?

イギリスのコイン:チャールズ3世の肖像はなぜ左向き?

 

スタッフのひとことナビ
A.Harada(コイン歴3年)

今回は、チャールズ3世のコインが「なぜ左向きなのか」という、少し気になる疑問から始まるコラムなんですね。
普段何気なく眺めているコインですが、肖像の向きひとつにも、イギリス王室の長い歴史や政治的な背景が重なっていると知ると、見え方がずいぶん変わってきます。

歴代の王たちのコインを順に追いながら読んでいくと、まるでイギリス史そのものをたどっているような感覚になりますね。
いつものコインを、少し違った視点で楽しめそうな内容です。

 

 

2022年にチャールズ3世が即位して以降も、イギリスで数多くのコイン(貨幣)が発行されてきました。
さまざまなデザインがありますが、どのコインにも共通点があります。
チャールズ3世の肖像はいつも左向きという点です。
これは偶然の産物ではなく、350年以上続くイギリスの伝統に従っています。

 

2023年 イギリス チャールズ3世 戴冠記念 1ソブリン金貨(画像:PRIME MINT)

 

 

350年以上続くイギリスの伝統

イギリスでは、代が変わるたびに肖像の向きが変わります。
この伝統が始まったのは17世紀のチャールズ2世の時代から。
チャールズ2世の前のオリバー・クロムウェルのコインから順に時代を下ってみましょう。

 

 

オリバー・クロムウェル

1658年 イギリス オリバー・クロムウェル 1/2クラウン銀貨(画像出典:日本コインオークション

オリバー・クロムウェルは、国王チャールズ1世を処刑して1649年に共和制を始めた中心人物です。
この革命はピューリタン革命と呼ばれます。
彼は独裁政治で強権をふるったため、彼の死後の1660年に王政が復活しました(王政復古)。

 

 

チャールズ2世(在位:1660年~1685年)

1660~1685年 イギリス チャールズ2世 5ギニー金貨(画像出典:日本コインオークション

チャールズ2世の即位直後は左向きのコインが作られました。
先代(クロムウェル)と先々代(チャールズ1世)が左向きだったので、職人が同様の方針で作成した模様です。
その後、機械式のコイン製造技術が導入され、その際に右向きに変更されました。
変更の理由は、次の章チャールズ2世が肖像の向きを右側にした理由で解説しています。

 

 

ジェームズ2世(在位:1685年~1688年)

1685~1688年 イギリス ジェームズ2世 1ギニー金貨(画像出典:日本コインオークション

ジェームズ2世は左向きを採用し、以後、国王が代わるたびに右・左・右・・・と順に肖像の向きが入れ替わることになります。
ジェームズ2世は絶対主義の強化を狙ったため革命が起こり、フランスに亡命しました(名誉革命)。

 

 

メアリー2世・ウィリアム3世(在位:1689年~1694年)

1689~1694年 イギリス ウィリアム&メアリー 5ギニー金貨(画像出典:日本コインオークション

イギリス議会は、ジェームズ2世の娘(メアリー)と、その夫のオランダ総督(ウィリアム)を招いて国王に就いてもらいました。
二人はともに王位について、それぞれメアリー2世、ウィリアム3世と称しました。

 

 

ウィリアム3世(在位:1694年~1702年)

1701年 イギリス ウィリアム3世 5ギニー金貨(画像出典:日本コインオークション

メアリー2世の死後、コインの肖像はウィリアム3世単独になりました。

 

 

アン(在位:1702年~1714年)

1702~1714年 イギリス アン 5ギニー金貨(画像出典:日本コインオークション

ウィリアム3世に子がなかったので、メアリー2世の妹であるアンが王の座に就きました。
アンの時代にスコットランドを合併し、大ブリテン王国が誕生しています。
なお、17人の子を授かりましたが全員若くして亡くなっており、ステュアート朝はアンの代で終わりを迎えました。

 

 

ジョージ1世(在位:1714年~1727年)

1725年 イギリス ジョージ1世 ハーフギニー 1/2ギニー金貨(画像:PRIME MINT)

アンの跡継ぎがいなかったため、神聖ローマ帝国から遠縁が呼ばれてジョージ1世となりました(ハノーヴァー朝)。
現在のイギリス王室(ウィンザー朝)の直系の先祖がハノーヴァー朝です。
ジョージ1世は英語を理解できず、イギリスの事情にも疎かったため、政務は大臣に任せていたとされます。

 

 

ジョージ2世(在位:1727年~1760年)

1739年 イギリス ジョージ2世 2ギニー金貨 S-3667B(画像:PRIME MINT)

ジョージ2世も神聖ローマ帝国生まれの神聖ローマ帝国育ちで、海外で生まれ育った国王はジョージ2世が最後です。
また、オーストリア継承戦争で1743年に実戦に参加しており、戦争に直接参加した最後の国王でもあります。

 

 

ジョージ3世(在位:1760年~1820年)

1801年 イギリス ジョージ3世 1/2ギニー金貨(画像出典:日本コインオークション

ジョージ3世の治世は60年と長く、在位中にアメリカ独立戦争やフランス革命が発生しました。
ナポレオン戦争中はコイン(貨幣)の発行が滞り、トークン(代用貨幣)が広く流通した時代です。

 

 

ジョージ4世(在位:1820年~1830年)

1823年 イギリス ジョージ4世 2ポンド金貨(画像出典:日本コインオークション

父親のジョージ3世と異なり、ジョージ4世は華美で贅沢な生活を好んだとされます。
実子は早世したため、ジョージ4世の次は弟のウィリアム4世が王の座に就きました。

 

 

ウィリアム4世(在位:1830年~1837年)

1831年 イギリス ウィリアム4世 1/2ソブリン金貨(画像出典:株式会社ダルマ

彼の治世で、大英帝国における奴隷制度が廃止されました。
前後の国王と異なり、ウィリアム4世の時代に5ポンド金貨は発行されていません。

 

 

ヴィクトリア(在位:1837年~1901年)

1887年 イギリス ヴィクトリア女王 ジュビリーヘッド 1ソブリン金貨(画像:PRIME MINT)

繁栄を極めた大英帝国を代表する女王です。
ヴィクトリア女王時代のアンティークコインはコレクターの間で人気が高いことが特徴です。

 

 

エドワード7世(在位:1901年~1910年)

1902年 イギリス エドワード7世 2ポンド金貨 S-3968 マットプルーフ(画像:PRIME MINT)

ハノーヴァー朝の名称を変更し、サクス=コバーグ=ゴータ朝としました。
エドワード7世の父親(ヴィクトリア女王の王配)がサクス=コバーグ=ゴータ家の出身で、エドワード7世はサクス=コバーグ=ゴータ朝の初代当主です。

 

 

ジョージ5世(在位:1910年~1936年)

1911年 イギリス ジョージ5世 5ポンド金貨(画像出典:日本コインオークション

ジョージ5世の時代に第1次世界大戦が勃発しました。
その後、エジプトやイラクなどが大英帝国から独立しています。
また、カナダやオーストラリアなども、自立の度合いを高めました。

 

 

エドワード8世(在位:1936年)

1937年 イギリス エドワード8世 5ソブリン金貨(試鋳貨)(画像出典:NGC

1936年に即位したものの、同年に退位したため金貨は発行されていません。
上の金貨はパターン(試鋳貨)で、現存枚数はわずかです。
なお、エドワード8世の希望により、慣例を破って左向きの肖像が描かれました。

 

 

ジョージ6世(在位:1936年~1952年)

1937年 イギリス ジョージ6世 5ポンド金貨(画像:PRIME MINT)

エドワード8世の退位を受けて、急遽国王となったのがジョージ6世です。
エドワード8世の肖像は右向きで作られるはずだったので、ジョージ6世の肖像は慣例に倣って左向きで作られています。

 

 

エリザベス2世(在位:1952年~2022年)

1967年 イギリス エリザベス2世 ヤングヘッド 聖ジョージの竜退治 1ソブリン金貨 S-4125(画像:PRIME MINT)

エリザベス2世の在位期間は70年であり、イギリス史において最長の在位期間です。
在位期間がさらに長い国王として、フランスのルイ14世が知られています(在位期間:72年間)。

 

 

チャールズ3世(在位:2022年~)

2023年 イギリス チャールズ3世 戴冠記念 1ソブリン金貨(画像:PRIME MINT)

チャールズ3世は現在の国王です。

 

 

チャールズ2世が肖像を右向きにした理由

王政復古という激動のなか、チャールズ2世がコインの肖像を右向きに変えた背景には、単なるデザインの変更以上の、深い政治的意図があったとされています。

時は17世紀。
イギリスでは王権と市民勢力が激しく衝突し、ついに国王チャールズ1世が処刑されるという衝撃的な結末を迎えました。
その後、独裁的な力で国を治めたのがオリバー・クロムウェルです。
しかし、彼の死後に共和政は崩壊。
フランスへの亡命を余儀なくされていたチャールズ1世の息子、チャールズ2世が満を持してロンドンへ帰還し、王位に就くこととなりました。

新国王となったチャールズ2世にとって何よりも重要だったのは、自身の正統な権威を世に知らしめると同時に、父を殺したクロムウェル時代との完全な決別を宣言することでした。
そこで彼が目をつけたのが、人々の日常に深く入り込んでいるコインだったのです。

当時の人々にとって、手元のコインに刻まれた肖像こそが「国の顔」そのものでした。
チャールズ2世は、あえて先代のクロムウェルとは真逆の方向を向くことで、視覚的に過去に背を向ける姿勢を打ち出したのです。
それは、暗い時代を終わらせ、華やかな新時代の幕開けを民衆の掌の上で印象付ける、鮮やかなパフォーマンスでもありました。

この向きの変更が、チャールズ2世自身のこだわりだったのか、あるいは側近たちの巧みな演出だったのかは歴史の闇の中です。
しかし、あえて逆を向くという決断が、やがて350年を超える英国王室の伝統につながることになります。

ちなみに、ピューリタン革命以前の肖像を見てみると、代が変わるごとに向きを変えているように見えます。

エリザベス1世:左向きが多いが、正面を向いたものもある
ジェームズ1世:右向きが多いが、正面や左向きもある
チャールズ1世:左向き(ここからクロムウェルの左向きへと続く)

ロイヤルミント(英国造幣局)によれば、交互に向きを変えるというルールが確立されたのは、やはりチャールズ2世からだとされています。
それ以前の向きの入れ替わりは、いわば歴史の偶然。
チャールズ2世以降のこの継承は、イギリスという国家が歩んできた平坦ではない道のりを象徴する、特別な儀式となったのです。

 

 

スタッフのひとことコメント
Mina Yoshii(コイン歴2年)

「ただ向きが違うだけ」と思っていた部分に、これほど長い歴史や王たちの思惑が重なっていたことに驚かされました。
特にチャールズ2世の時代背景を知ると、コインという小さな存在が、王権や時代の空気を映し出す重要なメッセージでもあったことが伝わってきますね。

歴代国王の肖像を並べて見ていくと、それぞれの時代の雰囲気や王の個性まで少し感じられて、単なる貨幣史とはまた違った面白さがあります。
代替わりのたびに向きを変えてきた350年以上の伝統を思うと、チャールズ3世の左向きの肖像も、これまで以上に特別なものに見えてきそうです。

 

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