「コインの顔」として愛される女王エリザベス2世!肖像から人生を追う
今回は、世界中のコインに描かれ、「コインの顔」として長く親しまれてきたエリザベス2世の人生を、5枚の肖像画とともに辿っていくコラムなんですね。
同じ人物でありながら、時代ごとに少しずつ表情や雰囲気が変わっていく肖像を見ていると、その時々のイギリスや王室の空気まで伝わってくるように感じます。華やかな戴冠式の時代から、王室への逆風、そして“国民の祖母”として親しまれる晩年まで、エリザベス2世は本当に長い時間を人々とともに歩み続けた存在だったんですね。
普段何気なく目にしているコインの肖像も、その背景を知ると、また少し違った印象で見えてきそうです。

イギリス女王エリザベス2世が描かれたコイン(画像出典:Adobe Stock)。
2022年に亡くなったイギリス女王エリザベス2世は、「最も多くの通貨にデザインされた人物」としてギネス記録を持っています。君主にふさわしい容姿が描かれたコインはいずれも人気が高く、市場でも高い評価を誇ります。
70年余という在位期間を誇ったエリザベス2世。「世界で最も忙しいクイーン」と呼ばれ、戦後のイギリスと王室を襲ったさまざまな困難を乗り越え、亡くなる数日前まで責務を負い続けました。
国民の敬愛を一身に受けた女王の生涯を、コインに残された5枚の肖像画からたどりましょう。
❖【1953~1967年】華々しい戴冠式に続く巡幸の時代

第1肖像 メアリー・ギリック作(市場公開資料を元に、PRIME MINTにて作成)
コインのデザインに用いられたエリザベス2世の肖像画は5枚。ファーストポートレートは、戴冠式翌年の1953年から1967年まで採用されました。王冠ではなく月桂冠を身に着けた若々しさが特徴の肖像画です。誕生から即位、そして40代を迎えるころのエリザベス2世の人生を解説します。
エドワード8世の退位と父の即位
エリザベス2世が誕生した1926年、当時のイギリス王は彼女の祖父であるジョージ5世でした。家庭内では「リリベット」と呼ばれていた王女は、王の次男の娘。本来ならば、女王になることなく終わるはずでした。
しかし、エリザベスの叔父にあたるエドワード8世は、「王冠を賭けた恋」によって退位。離婚歴のあるアメリカ人女性を愛したエドワード8世は、彼女との結婚に難色を示したイギリス民の思いを尊重し、王位を弟のジョージに譲りました。そのジョージ6世が、エリザベス2世の父です。
ジョージ6世は「イギリス王のスピーチ」のモデルとなった王です。吃音を乗り越え、第2次世界大戦中のイギリス民に寄り添い、人びとから慕われました。
父ジョージ6世の死去に伴い、長女のエリザベス2世が25歳で即位。新女王の気品ある容姿は、当時普及しつつあったテレビによって世界中に広まりました。一部には「豪華すぎる」という批判もあった戴冠式ですが、若々しい女王の姿は戦後のイギリスに明るい光をもたらしたのです。

1953年、戴冠式でのエリザベス2世と夫のフィリップ王配(画像出典:Wikimedia Commons)。
新時代の女王
エリザベス2世の麗姿は、テレビによって一般人も目にすることができるようになりました。戴冠式だけではなく、それまではラジオ放送だったクリスマスメッセージも、テレビを介して行われるようになったからです。
即位後に英連邦を訪れたのを皮切りに、エリザベス2世は精力的に世界を訪問しました。戦後、かつてのイギリスの植民地は次々に独立。「大英帝国」の栄光が薄れていく中で、エリザベス女王は王室外交面の立役者となり、イギリスと王室の威厳を保つことに尽力したのです。
❖【1968~1984年】経済危機の時代の「癒し」となった女王

第2肖像 アーノルド・マシン作(市場公開資料を元に、PRIME MINTにて作成)
1968年から1984年までコインのデザインに使用された女王のセカンド・ポートレートは、「ガールズ・オブ・グレートブリテン・アンド・アイルランド・ティアラ」を身に着けた姿で描かれています。
女王が40代前半から50代後半に当たるこの時代、イギリスは「過去の栄光」と「厳しい現実」のあいだで揺れ動いていました。
「イギリス病」と呼ばれた経済不況とシルバー・ジュビリー

1977年、ロンドン・サミット開催時のエリザベス2世。日本の福田赳夫首相の姿も見えます。(画像出典:Wikimedia Commons)。
産業革命以来、イギリスの高い生産力と技術力は大英帝国の繁栄の礎となってきました。しかし1960年代後半から1970年代、イギリスは技術面においてドイツや日本に後れを取るようになり、労働者の意欲も減退。「イギリス病」と呼ばれる慢性的な経済不況に陥りました。
エリザベス2世は、国民を力づけるために国内を精力的に巡幸しました。1977年、即位25周年のシルバー・ジュビリーは国民の熱狂的な支持を得て、王室をより身近な存在にしました。記念に発行されたシルバー・ジュビリー銀貨は、現在も強い人気を誇ります。
マーガレット・サッチャー首相の登場!
長い経済不況を打破すべく、1979年に登場したのが“鉄の女”マーガレット・サッチャー首相です。痛みを伴う改革によって、イギリスは経済の再生を目指しました。
1日4時間の睡眠で国策に取り組んだ首相と、精神面で国民を支えた女王。女性たちのパワーバランスによってイギリスが輝いた時代です。
❖【1985~1997年】波乱万丈の王室を支える女王

第3肖像 ラファエル・マクルーフ作(市場公開資料を元に、PRIME MINTにて作成)
女王が50代から60代という円熟の時代を迎えたころ、イギリス王室には嵐が吹き荒れていました。1992年、即位40周年の演説では「惨憺たる年(Annus horribilis)」と表現し、世界中でニュースになりました。
ウィンザー城火災と子どもたちの離婚問題

1986年、トゥルーピング・ザ・カラーのセレモニーで騎乗姿のエリザベス2世(画像出典:Wikimedia Commons)。
エリザベス2世自身は夫のフィリップと幸せな結婚生活を送っていましたが、4人の子どもたちのうち、3人の結婚生活は順風満帆とはいきませんでした。
長女のアン王女、次男のアンドリューが離婚や別居となったのをはじめ、王太子チャールズもダイアナ妃との夫婦仲が思わしくありませんでした。子どもたちの夫婦仲の綻びが表面化した1992年、11月にウィンザー城の火災が発生。重要な建造物や貴重な美術品が大きな被害を受けるという悲劇が起こりました。
エリザベス2世はこの年の演説で、「驚異の年(Annus mirabilis)」というラテン語の対義語として「惨憺たる年(Annus horribilis)」という言葉を使っています。
ダイアナ妃の死
1997年、「ピープルズ・プリンセス(民衆のプリンセス)」と慕われたダイアナ元妃がパリで急逝。36歳という早すぎる死であったため、国民の悲しみは王室への厳しい批判へと向かいました。
王室の危機ともいえるこの事態に、女王は異例のテレビ演説を敢行。「稀に見る才能豊かな人だった」と元妃を讃え、国民の感情に深く寄り添いました。
同じ年、香港が中国へ返還され、イギリスは名実ともに「大英帝国」から新たな形へと変貌を遂げます。1997年は、王室と国家の両方にとって、大きな転換期となったのです。
❖【1998~2015年】“国民の祖母”としてのイメージを確立

第4肖像 イアン・ランク・ブロードリー作(市場公開資料を元に、PRIME MINTにて作成)
1990年代の危機を乗り越えたエリザベス2世。21世紀に入ってからの女王は、“国民の祖母”としてのイメージを確立することに成功しました。
4枚目のポートレートは、王室の危機を乗り越えたエリザベス2世の貫禄が漂います。
即位50周年のゴールデン・ジュビリー
2002年、エリザベス2世は即位50周年を迎えます。“ゴールデン・ジュビリー”の祝賀行事には、エルトン・ジョンやポール・マッカートニーも参加し、イギリス全土でお祝いが繰り広げられました。
同年、エリザベス2世は妹のマーガレット王女と母のエリザベス王太后を失っています。しかし76歳のエリザベス2世は衰えを知らず、自主的退位を否定。2002年当時の世論調査では、国民の80%が王室を支持すると答えたといわれています。エリザベス2世自身の魅力が、国民の支持を導いたといえるでしょう。
ウィリアム王子の結婚&映画『007』への出演

2007年、NASAゴダード宇宙飛行センターにて、講堂へ向かう途中、職員たちに挨拶されるエリザベス2世(画像出典:Wikimedia Commons)。
2011年、将来のイギリス王室を担うウィリアム王子が結婚。キャサリン王妃とともに、次代の王室の顔として、理想的な家族を築いています。2人の間には3人の子どもも生まれ、イギリス王室の未来は盤石となりました。
翌2012年のロンドン五輪では、86歳にして映画『007』のボンドガールとして登場。イギリス人らしいユーモアによって、唯一無二の存在感を放ち、若い世代をも虜にしました。
❖【2015~2022年】史上最高の在位期間、そして伝説へ

第5肖像 ジョディ・クラーク作(市場公開資料を元に、PRIME MINTにて作成)
90歳を過ぎても公務を続けたエリザベス2世。その真摯な姿は、イギリス国民の誇りでした。96歳で亡くなる数日前まで国民のために奉仕する姿勢を崩さなかった女王。
その最後の日々を追ってみましょう。
ヴィクトリア女王の在位期間を超える
2015年、エリザベス2世の在位期間は、ヴィクトリア女王を超えました。これを記念して、コインの肖像画も5枚目に移行。33歳の彫刻家ジョディ・クラークによるエリザベス2世は、年齢にふさわしい慈愛に満ちた姿で描かれています。
73年連れ添ったフィリップ王配の死
2021年、コロナ禍の混乱のさなか、エリザベス2世と73年もの間連れ添ったフィリップ王配が亡くなりました。99歳。「女王の夫」という難しい役割をこなし、エリザベス2世と王室を支えた王配の死は、イギリスに深い悲しみをもたらしました。
プラチナ・ジュビリー、そして崩御

エリザベス2世の葬儀(画像出典:Wikimedia Commons)。
2022年、エリザベス2世は“即位70周年”という、イギリスの歴史における前人未到の記録を打ち立てました。女王の年齢を考慮しつつも、華やかな祝賀行事が繰り広げられた数か月後、エリザベス2世はバルモラル城で静かに息を引き取りました。
亡くなる2日前、新首相となったリズ・トラス氏と謁見したのが最後の公務になりました。杖をつきながらも、快活な笑顔を浮かべていたエリザベス2世。彼女が接したイギリスの首相は実に14人、アメリカの大統領は13人に上ります。
25歳での即位時に誓った「国民への奉仕」という約束を最期まで守り、96年の生涯に幕を閉じました。
70年以上にわたってコインに描かれ続けたエリザベス2世ですが、その肖像を順に追っていくだけでも、時代そのものが移り変わっていく感覚がありますね。若き女王として希望を背負っていた頃の姿も、数々の困難を経験した後の穏やかな表情も、それぞれに違った魅力がありました。
イギリス王室というと華やかなイメージが先に浮かびますが、その裏では、経済危機や家族の問題、国の変化など、本当に多くの出来事に向き合い続けていたことも伝わってきます。
次にエリザベス2世のコインを見るときは、「どの時代の肖像なのだろう」と少し意識してみるだけでも、その一枚が持つ空気感が、今までとは違って感じられるかもしれませんね。