1815年 - A
フランス1815年-A フランス ナポレオン1世 百日天下 パリ造幣所 20フラン金貨 Gad-1025a Cent jours F-516A
PCGS | AU58
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コインの特徴
1815年、フランスで発行されたナポレオン1世の百日天下20フラン金貨は、約100日という短い期間に発行された1枚。英雄ナポレオンが皇帝位を追われ、再起を期し、再び夢破れるまでの3カ月間の歴史を刻んだ金貨です。
このコインの最大の特徴は、ヨーロッパの歴史を変えたナポレオンによる発行であることと、圧倒的な希少性です。
ナポレオンは1802年に終身統領となり、1804年に皇帝として即位。1814年に帝位を追われ、1815年にふたたび即位して3カ月で廃位されました。ナポレオンがフランスの最高権力者であった期間、20フラン金貨は約1,830万枚発行されたといわれています。しかし、帝位に返り咲いた1815年銘の20フラン金貨は、そのうちのわずか2%強。ナポレオンの波乱万丈の晩年を伝える、貴重な金貨となっています。
1815年のフランスの混乱を伝えるかのように、同年の銘の20フランには、王政復古によってフランス王となったルイ18世の肖像のタイプもあります。わずか1年のうちに、皇帝と国王、異なる元首の肖像画のコインが発行されるという、フランス近代史では珍しい年でした。
政権交代と戦争が重なった1815年、百日天下のナポレオン20フラン金貨が発行されたのは、パリ、バイヨンヌ、リールの3造幣所のみ。1814年までは、11もの造幣所で発行されていたことを比べると、当時の混乱ぶりがわかります。今回のAという記号は、首都パリの造幣所で造られたことを示しています。
直径21mm、重さ6.45gという規格は、ナポレオン時代に整えられたものです。1865年に成立したラテン通貨同盟において、共通金貨規格へと受け継がれました。
フランスだけではなく、ヨーロッパの歴史を左右したナポレオンの有為転変を感じられる1枚として、幻の金貨と呼ばれることもあります。
1815年、ナポレオンの「百日天下」の期間にパリ造幣所で発行された20フラン金貨。PCGSに鑑定された同タイプは、全グレードを合わせてもわずか135枚。さらに今回と同じAU58は11枚と限られた存在です。
実際の市場では、「百日天下」の20フラン金貨はVF~EFクラスで見かけることが多く、AU58クラスとなると入手機会はぐっと限られます。さらにMSクラスともなれば市場に姿を見せる機会は少なくなり、良好な保存状態の個体ほど希少性が際立ちます。
AU58は、わずかに流通の痕跡を残しながらも、未使用状態に迫る保存状態を示すグレードです。200年以上前の金貨でありながら、この状態を保っていることも本品の大きな魅力です。
金そのものの価値に加え、「百日天下」という特別な歴史的背景と、市場では入手機会の限られるAU58という良好な保存状態を兼ね備えた、収集価値の高い1枚といえるでしょう。
ナポレオンの百日天下の歴史を語る20フラン金貨
鑑定枚数から見る、市場価値
ポピュレーション
発行枚数
435,501枚
鑑定枚数
11枚
ポピュレーションハイヤー
20枚
上記数値は、パリ造幣所発行分に限定したものです。
掲載のポピュレーション情報は、当店が確認した時点での公開データを基準としております。鑑定状況や発行元による情報更新等に伴い、数値が変更される場合がございます。
ナポレオンの金貨は数多くありますが、「百日天下」というわずかな期間に発行された1815年銘は、やはり特別な存在だと感じます。しかも本品は、200年以上前の金貨でありながらAU58という良好な状態。ナポレオン最後の挑戦を伝える歴史的背景と、保存状態の良さをあわせて楽しんでいただきたい1枚です。
スタッフY|50代前半・男性(コイン歴10年)
ピエール=ジョゼフ・ティオリエ
20
FRANCS.
1815. A
ナポレオン1世とは
歴史に興味がない人でも、ナポレオンという偉人の名は耳に馴染んでいるかもしれません。
ナポレオン・ボナパルトは、1769年、地中海の島コルシカで生まれました。軍人としての才覚を武器にフランス革命後の混乱を駆け上がり、ついには皇帝の座にまで上り詰めた人物です。
軍事の天才としてヨーロッパのほぼ全土を勢力下に置いただけでなく、近代市民社会の基礎となる「ナポレオン法典」の制定やフランス銀行の設立など、内政面でも計り知れない足跡を残しました。
革命期の紙幣乱発によって激しいインフレーションに見舞われた過去を教訓に、ナポレオンは紙幣ではなく、金や銀に裏付けられた金属貨幣を重視する政策を推進したことでも知られています。
軍事、政治、法制度など、さまざまな分野で近代ヨーロッパの礎を築いたナポレオン。世界史のなかでも突出した知名度とカリスマ性を誇り、今なお多くの歴史ファンを惹きつけています。
古代ローマ皇帝の後継者としてデザインされたナポレオン
ナポレオンといえば、月桂冠を頭に戴いたイメージが定着しています。
ナポレオンが権力を握ってしばらくは、コインにデザインされた肖像画は無冠でした。
帝政が安定し名声が高まった1807年前後以降、古代ローマの勝者を模した月桂冠の姿へと変更された経緯があります。
ナポレオンがあえて王冠ではなく、月桂冠を選んだ背景には、彼の政治的な狙いがあったとされています。王冠は世襲の王権を象徴するモチーフであったのに対し、月桂冠は古代ローマで勝者や英雄に授けられた栄誉のしるしでした。
月桂冠をかぶる姿は、血統ではなく実力によって頂点に立った皇帝、というナポレオン自身のイメージを体現するデザインだったといえるでしょう。
王政時代のコインとは一線を画す「EMPIRE FRANÇAIS(フランス帝国)」の銘文と、ナポレオンにとっては運命の年「1815」の文字が、変革の歴史を語り続けています。
ナポレオンの百日天下――ヨーロッパを揺るがした英雄最後の賭け
短期間で終わった政権を「百日天下」と表現することがあります。この言葉は、1815年にナポレオンがエルバ島から復帰し、再び皇帝として統治した約100日に由来します。
ナポレオンはフランス革命の混乱のなかで軍人として頭角を現し、数々の戦いで勝利を重ねて国民的英雄となった人物です。1799年のクーデターで実権を握ると、1802年に終身統領に就任、そして1804年には皇帝として君臨。その後もヨーロッパ各地への遠征を重ね、一時はフランス史上最大とも言われる勢力圏を築き上げました。
国民の熱狂的な支持を受けて頂点を極めたナポレオンでしたが、1812年に始まったロシア遠征の失敗を境に、状況は一変します。敗北を重ねた末に退位を余儀なくされ、ナポレオンは地中海のエルバ島へと追放されました。
ナポレオン失脚後、王政復古によってルイ18世がフランス王となります。しかし、国内では古い王制に対する不満がくすぶっていました。その機を見たナポレオンは1815年2月26日、わずかな兵とともにエルバ島を脱出。フランス南部に上陸しました。
パリへ向かう道中、迎え撃つはずの軍が次々と彼のもとに合流するという劇的な展開を経て、3月20日、無血のままパリに入城し、再び皇帝の座に就きます。
しかし、ナポレオンの復権を認めないヨーロッパ列強は即座に同盟を結成。6月18日のワーテルローの戦いで決定的な敗北を喫したナポレオンは、6月22日に2度目の退位を表明しました。
短くも劇的なこの100日間は「ナポレオンの百日天下」と呼ばれ、ヨーロッパ各国を揺るがした事件として歴史に刻まれてきました。
1815年銘の20フラン金貨は、英雄ナポレオンの再起と、わずか100日で崩れ去った帝国の軌跡を伝える1枚といえるでしょう。
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