神が二物を与えた男たち——西洋史を彩る美男子列伝

神が二物を与えた男たち——西洋史を彩る美男子列伝

 

スタッフのひとことナビ
Mina Yoshii(コイン歴2年)

今回は、西洋史を彩った「美男子」と呼ばれる君主や英雄たちに目を向けていくコラムなんですね。
歴史上の人物というと、どうしても戦争や政治の印象が強くなりがちですが、その時代の人々が「美しい」と感じた人物像をたどっていくと、また少し違った角度から歴史が見えてきます。

彫刻や絵画、そしてコインに刻まれた横顔には、それぞれの時代が求めた理想像も映し出されているようで興味深いですね。
華やかな人物たちの生涯を眺めながら、気軽に読み進めてみてください。

 

 

権力の座に就いた歴史上の人物の中には、際立った美貌でも知られる人物が少なくありません。外見の美しさはカリスマ性と結びつき、人心を掌握する武器にもなりえます。

西洋史を彩る美男子たちをご紹介します。

 

神祇官としてのアウグストゥス。端整な美貌で有名でした(撮影:PRIME MINT)。

 

 

古代篇:彫刻やモザイク画が伝える古典美

古典的な美しさを誇る古代の美男子たち。ギリシャ世界では、美しいことは「神から選ばれた人間だけが持てる徳」という解釈でした。

スケールの大きい古代の美男子たちを見ていきましょう。

 

西洋史に大きな足跡を残したアレクサンダー大王。親友ヘファイスティオンとともに美男子として有名でした(画像出典:Wikimedia Commons)。

 

 

ペリクレス(紀元前490頃~429)

古代アテナイの政治家・ペリクレス (画像出典:Wikimedia Commons

ギリシャ民主政治の象徴といわれるペリクレス。アテネの黄金時代を築いた稀代の政治家です。後世には「アテネの魂」とも称されました。

名門貴族の家に生まれた彼は、頭脳明晰にして演説の名手。プルタルコスの『英雄伝』によれば、民衆の前では常に威厳ある落ち着いた装いで登場し、荘重な立ち居振る舞いでアテネ市民の心を掌握したといいます。

現存するペリクレスの彫刻像の多くは、兜をかぶった姿で表現されています。これは理想美を追求したギリシャの彫刻家たちが、彼の唯一の短所であった長めの後頭部を隠すための工夫だったと伝えられています。

 

 

アレクサンダー大王(紀元前356~323)

古代マケドニア王国の王・アレクサンダー大王(アレクサンドロス3世)(画像出典:Wikimedia Commons

若きマケドニア王としてギリシャ世界を平定し、難攻不落のペルシャ帝国を打ち破り、はるかインドにまで遠征したアレクサンダー大王(アレクサンドロス3世)。左右の瞳の色が異なるオッドアイの持ち主であり、獅子のごとき気高さを備えた美男子であったと伝えられています。
その戦いぶりもまた劇的でした。騎兵を巧みに駆使し、自ら先頭に立って敵将のいる中枢へ直接突撃するという大胆な戦法で、数々の強敵を打ち砕いていきました。

ギリシャ世界に君臨したカリスマは、しかし32歳という若さでこの世を去ります。その早すぎる死ゆえに、アレクサンドロスは西洋において「永遠の若さ」の象徴として今も語り継がれています。

アレクサンダー大王の父フィリッポス2世のコインもご用意しております。

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アウグストゥス(紀元前63~紀元14)

ローマ帝国初代皇帝・アウグストゥス(画像出典:Wikimedia Commons

ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスは、ユリウス・カエサルの養子として後継者に指名され、内乱の時代を制して帝政ローマの礎を築いた人物です。彼はまた、稀有な美貌の持ち主でもありました。

スエトニウスの記録によれば、その体格は小柄で病弱がちだったといいます。しかし彫刻や硬貨に残された端整で繊細な顔立ちは、まさに大帝国の顔として完璧。強力なプロパガンダの役割を果たしました。冷静沈着で知られたその性格もあいまって、アウグストゥスの美しさはクールビューティーといった趣です。

 

 

中世篇:騎士道物語にふさわしいドラマ性

中世の権力者は、騎士道物語に登場しそうなドラマ性を持っています。
美男子の評判を持つ王侯君主をご紹介します。

 

「端麗王」と呼ばれたフランス王フィリップ4世(画像出典:Wikimedia Commons


 

フィリップ4世(1268~1314)

フランス王・フィリップ4世(端麗王)(画像出典:Wikimedia Commons

「端麗王」の異名を持つフィリップ4世。フランスが中央集権国家として発展する礎を築いた王です。

その治世は美貌とは対照的に、したたかな権力闘争に彩られていました。
聖職者への課税問題をめぐってローマ教皇ボニファティウス8世と激しく対立し、アヴィニョン捕囚という歴史的転換の端緒を作ります。また1307年には、十字軍時代に武装修道会として名を馳せたテンプル騎士団の団員を一斉逮捕。最終的に解散へと追い込みました。

冷徹な政治手腕と神秘的なほどの美貌を併せ持つ、中世フランスを象徴する王でした。

 

 

エドワード4世(1442~1483)

ヨーク朝初代の王・エドワード4世(画像出典:Wikimedia Commons

イギリス王室の歴史において屈指の美男子と称されるのが、ヨーク朝初代の王エドワード4世です。同時代の記録にもその美貌を称える言葉が残されており、身長190cmを誇る堂々たる体躯と親しみやすい笑顔は、人々を魅了してやまなかったといいます。

王室領の管理や財政再建にも手腕を発揮し、1475年にはフランス王ルイ11世とピキニー条約を結ぶなど外交面でも才覚を示しました。

華やかな女性関係でも知られたエドワード4世ですが、周囲の猛反対を押し切り、未亡人であった貴族の娘エリザベス・ウッドヴィルと結婚。王妃としては異例の身分とみなされたこの結婚は、後のヨーク朝の波乱の一因となりました。

 

 

フィリップ美公(1478~1506)

聖ゲオルギウスとして描かれたフィリップ美公(画像出典:Wikimedia Commons

英語では「フィリップ・ザ・ハンサム」と呼ばれるフィリップ美公。
神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の長男として生まれ、のちにカスティーリャ王フェリペ1世となりました。

当時の外交文書には「身体的に大変美しく、非常に生き生きとした人物」と記され、宮廷中の女性たちの心を虜にしたと伝えられています。騎馬技術に優れ、舞踏の名手でもあった彼は、華やかなルネサンス宮廷にふさわしい君主でした。

しかし王としての手腕を発揮するまもなく28歳で急逝。彼の息子カルロスは後のカール5世として広大なハプスブルク帝国を統治し、ヨーロッパ史にその名を刻むことになります。

 

 

近世篇:絢爛たる宮廷文化の主役!

近世のヨーロッパ宮廷は華やかさで彩られました。
絢爛豪華な宮廷の主役にふさわしい美男子たちを見ていきましょう。

 

ティーンエイジャーだったころのフランス王ルイ15世。「天使のような少年」といわれていたころです(画像出典:Wikimedia Commons)。


 

ルイ15世(1710~1764)

ブルボン朝の王・ルイ15世(画像出典:Wikimedia Commons

「ブルボン朝でもっとも美しい王」と称されるルイ15世。幼少期から整った容貌で知られ、「天使のような少年」ともてはやされました。華麗なロココ文化が花開いた時代にあって、その正統派の美貌はひときわ際立つものでした。

ルイ14世のひ孫として生まれた彼は、少年時代に父・母・兄を相次いで失うという悲劇に見舞われます。孤独と憂いをたたえた瞳を持つ若き王は、即位当初「最愛王」として国民に慕われました。

しかし治世の後半は、七年戦争での敗北や政治的失策が重なり、複数の寵姫との華やかな宮廷生活とともに国民の信頼を次第に失っていきます。彼の孫ルイ16世が即位し、その王妃となったのが有名なマリー・アントワネットです。

 

 

カール12世(1682~1718)

スウェーデン王・カール12世(画像出典:Wikimedia Commons

当時の王侯貴族の慣習であったカツラや白粉化粧を嫌い、簡素を極めた軍服姿で通したスウェーデン王カール12世。ストイックな性格そのままに、豪華な刺繍やレースの衣服とも無縁。清廉な佇まいと生来の美貌が相まって、若々しく凛々しい容姿はヨーロッパ各地で評判を呼びました。

15歳で即位した後も兵士としての鍛錬を欠かさず、即位時の引き締まった体躯を生涯保ち続けたと伝えられています。

結婚話には耳を貸さず生涯独身を貫いた彼は、その生涯のほぼすべてを大北方戦争の戦場に捧げました。後継者を残さなかったことは、スウェーデンの国力低下の一因ともなりました。

 

 

ルートヴィヒ2世(1845~1886)

バイエルン王・ルートヴィヒ2世(画像出典:Wikimedia Commons

1864年、18歳でバイエルン王として即位したルートヴィヒ2世。彫像を思わせる古典的な美貌と夢見るような瞳は、メルヘンの王様そのものでした。

ルートヴィヒ2世は、音楽家ワーグナーの熱烈なパトロンであり、芸術の愛好者でした。世俗離れした気品は、即位当初バイエルン国民を魅了しました。しかし、国情を顧みず、ノイシュヴァンシュタイン城をはじめとする3つの壮麗な城の建設を強行するなどして、国民の心は離れていきました。

従姉妹にあたるオーストリア皇妃エリーザベト(シシィ)と同様、繊細な精神の持ち主であったルートヴィヒ2世は、現実と夢想のギャップに苦しみ続け、ついに廃位。その後シュタルンベルク湖畔で遺体となって発見されますが、死の真相は今も謎のままです

あまりにドラマチックな生涯は、巨匠ルキノ・ヴィスコンティによって映画『ルートヴィヒ』として後世に刻まれています。

 

ルートヴィヒ2世が建設した城のひとつ、ノイシュヴァンシュタイン城(白鳥城)(画像出典:Wikipedia


 

最後に

美貌と権力を兼ね備えた歴史の主役たち。
古代から近世に至るヨーロッパ史には、時代を象徴する美男子たちが数多く登場します。その端整な顔立ちは、単なる外見の魅力にとどまらず、人々を惹きつけるカリスマの源でもありました。彫刻や絵画に残された姿だけでなく、当時鋳造されたコインにも、その横顔は刻まれています。
コインに刻まれた横顔を眺めながら、ヨーロッパの歴史を彩った美男子たちの面影を思い浮かべてみると、歴史が少しだけ身近に感じられるはずです。
さまざまなコインから、ヨーロッパの歴史を華やかに彩る美男子たちの面影を見つけてみてください。

 

 

スタッフのひとことコメント
A.Harada(コイン歴3年)

同じ「美男子」と呼ばれた人物でも、その魅力のあり方が時代ごとにまったく違っていて、とても印象的でした。

そして興味深いのは、その美貌だけでなく、彼らの多くが強烈な個性や劇的な人生を持っていたことかもしれません。
コインや肖像画に残された横顔を眺めていると、単なる「歴史上の人物」ではなく、その時代を生きた一人の人間として、少し身近に感じられてきます。

次に歴史人物の肖像を見るときは、その時代の人々がどこに魅力を感じていたのか、そんなことまで想像してみたくなりますね。

 

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